アスリート詳細情報

東海 将彦(とうかい まさひこ) 選手

所属
トレンドマイクロ株式会社
競技
アルペンスキー(立位)
障がい
脊髄損傷による両下肢機能障害(4級)

『エランシアとの出会いが僕の人生を変えました。“障がい者アスリート雇用”の日本初のアスリートとして、障がい者スポーツに少しは貢献できたのかなと思っています。』

1973年11月13日 東京都生まれ。

高校、大学はアメリカへスキー留学。帰国後、オリンピック出場を目指し、日本選手権の出場権を得た2001年、滑走中の怪我で背骨を骨折し、両下肢機能障害となる。オリンピック出場は断念するものの、アルペンスキー(立位)でパラリンピック出場を目指す。受傷の翌年、国内の大会に参戦開始。初出場したジャパンパラリンピックでは、回転、大回転で優勝という鮮烈なデビューを飾る。2005年、障がい者アスリート雇用として日本初のアスリートとなり、障がい者アスリート界のパイオニアとして知られる。

主な実績

  • 2002年 ジャパンパラリンピック(回転優勝、大回転優勝)
  • 2004年 世界選手権(回転優勝、スーパー大回転優勝)
  • 2004年 ワールドカップ(スーパー大回転優勝)
  • 2006年 トリノパラリンピック(大回転2位)
  • 2006年 ワールドカップ種目別(回転優勝、スーパー大回転優勝)
  • 2008年 ワールドカップ種目別(回転シーズン優勝)
  • 2014年 ソチパラリンピック(回転11位、大回転10位)
  • 2015年 全米選手権(回転優勝、大回転優勝)
  • 2016年 全米選手権(回転優勝、大回転2位)
  • 2017年 全米選手権(回転優勝、大回転優勝)
  • 2017年 カナダ選手権(大回転優勝)

インタビュー

中学生のときにスキーと出会い、高校・大学時代はアメリカへスキー留学をして、日本に戻ってからはオリンピック出場を目指していました。27歳の時、日本選手権の出場権を手に入れた矢先、スキー中の転倒で背骨を骨折してしまったんです。医師には「車いすの生活になるかもしれません」と言われましたが、手術後、病院のベッドの上で、痺れてまったく動かない脚を感じながら、「きっとまた滑れるようになる!」と、不安はありませんでした。両下肢機能障害にはなりましたが、事故の翌年には、まだ麻痺が残るコンディションながらジャパンパラリンピックで優勝できたので、目標をパラリンピック出場に切り替えました。

2003年から海外転戦を始めましたが、遠征費がかなりの高額で、どうしたらよいか途方に暮れていました。幸い、用具等はメーカーさんから支給を受けることができましたが、遠征費をずっと自分で賄うことはできないと思って、アメリカ留学時代の友人に、スポンサー企業探しについて相談したら、エランシアを紹介されたんです。それが2005年でした。エランシアも障がい者の方の人材紹介業として会社を立ち上げたばかりで、私の要望を伝えたら、“スポンサー”ではなく障がい者アスリートとして“雇用”というスタイルで企業探しをしていただき、同年ついに外資系物流会社で雇用してもらうことができました。私の知る限り、障がい者アスリートがアスリート型で雇用されるのは、私が日本で初めてだと思います。

当時は「競技が仕事」という雇用スタイルが完全なものではなかったので、アスリート型の雇用とはいえ、年間3か月ぐらいは出勤していました。今は月一回程度の定期的な出社以外は出社がなく、一年を通して競技に集中できますから、理想的な環境を手に入れることができたと思っています。

もし2004年に戻って、スポンサーとアスリート雇用、どちらも選べるとしたら、迷わずアスリート雇用を選びます(笑)。現在、日本代表クラスのメンバーは、ほとんどがアスリート型雇用で競技に専念していますし、私とエランシアの関係から障がい者アスリート雇用が始まったことを思うと、障がい者スポーツに少しは貢献できたのかなと思いますし、アスリートとして今後もエランシアとの信頼関係を築いていきたいですね。

ピックアップアスリートに戻る